プロレスが好きです

「プロレスってヤラセでしょ?」

私がプロレスファンだと知って、たまにこんな質問をする人がいます。もしかすると、今この記事を読んでいる方の中にも、同じように考えている人がいるかもしれません。他の格闘技とプロレスを比較して、もしもプロレスを楽しめない人がいるとすれば、それはとても残念なことです。そこで、今日は私なりのプロレスの楽しみ方を書いてみたいと思います。

まず、総合格闘技やボクシングの選手とプロレスラーには、大きな違いがあります。それは、彼らが一体何のためにリングに上がっているのかという点です。総合格闘技やボクシングの選手は、極論すれば「自分のため」にリングに上がっているのだと思います。自分の挑戦、自分の勝利、自分の賞金のために戦っているのです。

それに対して、プロレスラーは「ファンのため」を第一にリングに上がります。試合を観に来ているお客さんに楽しんでもらうために戦うのです。だからプロレスラーは、相手の技を避けません。ロープに振られれば走ります。すべて、ファンを喜ばせるためです。

この違いを理解していないと、プロレスは楽しめません。楽しめないどころか、前述したように、プロレスはヤラセという結論に達してしまいます。総合格闘技もボクシングもプロレスも、同じようなリングで戦うスポーツなので、この点を混同してしまいがちです。

なぜプロレスラーでもない私が、こんなに自信を持って「プロレスラーはファンのために戦っている」などと言えるのか、疑問に思う方がいるかもしれません。確かにこれは私の推測に過ぎませんが、私は、この私の推測が事実であることを、プロレスにおける「5秒ルール」の存在が証明していると思います。

ご存知ない方のために説明しますが、プロレスはレフェリーに5カウント数えられるまでの間であれば、反則をしてもいいんです。それで特にペナルティが科せられることもありません。これがプロレスの5秒ルールです。よく考えてみてください、5秒間は反則をしてもいいんですよ。当たり前ですが、こんな格闘技は他にありません。

このような意味不明なルールが存在するにもかかわらず、プロレスの試合が一定の体裁を保って成立するのは、プロレスラーがファンのために戦っているからだと、私は考えるのです。もしもプロレスラーが、純粋に自分のためだけに試合に勝とうと考えているならば、5秒ルールは極めて危険なルールです。ところが、プロレスラーは場合に応じてこの5秒ルールを上手く活用し、会場を沸かせます。つまり、プロレスの試合は、プロレスラーはファンのために戦っているという前提によって、その成立が担保されているのです。

そう考えると、プロレスとは戦いであると同時に、ゴングが鳴ってから試合が終わるまでの「表現」であるともいえます。ここから先は意見が分かれるところかもしれませんが、プロレスが表現であるならば、その試合の勝敗そのものに、どれほどの意味があるのでしょうか。もちろん、プロレスが戦いであることに疑いはありませんから、勝敗に全く意味がないとはいえません。しかし、私はプロレスの勝敗そのものに、それほど大きな意味はないと考えています。批判を覚悟でさらにいえば、予め試合の勝敗が決まっていても一向に構いません。

例えば、私は映画を観て感動することができます。映画とはヤラセです。作り話を、役者が演じています。映画の中で誰かが死んでも実際には誰も死んでいませんし、主人公が悲しそうに泣いても、それは演技です。話の結末も最初から決まっています。

でも、やっぱり私は映画を観て感動することができる。演劇やアニメや読書も同じです。なぜなら、それらが「表現」だからです。プロレスは、会場に足を運び、ひいきの選手を応援して、ヒールにブーイングをして、飯塚がコッチへ来たら逃げて、その「表現」に自分も参加することができる。そして、プロレスラーはその声援を受けて、自分の体、技、表情や声、全てを使って、お客さんをさらに楽しませます。もしもプロレスがヤラセであるならば、先ほど私が映画をヤラセと書いたように、全ての表現はヤラセということになってしまいます。

とまぁ、長々と愚見を書き連ねましたが、私は、プロレスを会場で観たことがない方には、とにかく会場に足を運んでみることをオススメします。なんだかんだ言っても実際に観てみると、理屈はさて置きプロレスは絶対に面白いですから。

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